書き込み式

将来の夢は初音ミクになることです

文章は未だに下手

 承認をめぐる・・・なんとかって本(検索に引っかかりませんように)を読み始めてから、承認についてよく考えます。 だからと言って何かが変わるわけではないんだけど。

 

 承認が世界の中心にいる今の生活は何てからっぽでツマンナイんだろう、と思いつつもブログとかいうこの上ない承認欲求のページに書いているのは、さすがに矛盾が過ぎるのでは・・・・ウケる

この先は全て個人的に感じたことなので、間違っている、と言わないでください、共感しか求めません(承認、承認〜〜〜ッ!)

 なんでこの世の人間がこんなにインターネットにハマっているかというと、自分が承認しなくても承認してくれる誰かがインターネットにいるからなのかな、と思った。

twitterのフォロワーなんて典型的なソレで、フォローよりフォロワーの数を増やすことに専念する人間や、逆に名も顔も知らぬアカウントにブロックされて悲しむ人がいるのは、目に見えて承認されているかされていないのか、見えるから?

まあ多分、人に認められることって気持ちが良いんだよ、本当に 

 ここまで書いておいて、私は承認欲求の矛先が自分の母であることにこないだ気づいてしまいました。そうなった心当たりはまあいくつかあるけれど、その理由をインターネットの海に放流してもつまらないのでここでは割愛。まあ要は超絶マザコンってことなんですね。気持ち悪いよね

 キモイことは自分でもよく分かっているんだけれど、でも他の承認の満足のされ方がもうわからないんだよね。インターネットの中で一時的に満足することはあっても、その後の自己嫌悪や虚無感で毎日死にたいし。現実では、自分がどう良い人でいようかという承認を得ることで忙しくて満足感なんて得ている暇がない、というか現実に関しては際限がなさすぎて満たされない、母が私を褒めるまで。だから、友達に対しての承認欲求はあまりなくて、Instagramや大学twitterはほとんど更新していない。(twiitterに関しては消してしまった)ただ、良い人でいたいと思っている。だから強いて言えばそこが承認欲求かなというところ。一番難しい承認の道っぽいけど笑

 誰に対しても良い人でいたいけど、私も限界があるから、時間差で嫌な思いさせていることが多いかも(一番ダメじゃん・・・・) そこは直したい、方法はわかりません。

とりあえず21年間生きてきて、自分の承認欲求について思うのはそんなところ。 また後から色々変わりそうだけど。

 

心理学系や承認やそれらに関する興味が最近あるので(前々からあったけど意図的に避けてた)、本などおすすめあればいつでも教えてください。

 

 

 

 

 

文章書く のリハビリ

 スマホでは何となく、長い文章や外部にメールを書くことができなくて、スマホで通学時間中にレポート書いてる友人を見たりして羨ましく思うことがよくあります。

 それにもかかわらずパソコンを起動するのも苦手で、いろんな物事を後回しにする癖がついてしまっているな。 twiiterの140文字程度なら、というかそんなにかしこまるものでもないからできるんですけどね

 

スマホが小さいパソコンみたいな認識が薄いからなのかな。あくまでも携帯として使ってしまう。スマート「フォン」、アイ「フォン」なので間違ってはいないのだろうけれど。ガラケーでレポート書かないでしょう?まあ同期機能がないからかもしれないけど・・・ 

 

文章を書くのが下手で、割とコンプレックスなのですが、それを克服したいなぁと思います。説明するのも苦手なので同時にマシにできたらなあって。

毎日一個書くことは無理だけど、机に向かう動機付けにしたい。ブログを書くということに期待しすぎ?